旧天北線を訪ねるその1。旧鬼志別駅

たび旅, 鉄道

音威子府-浜頓別-南稚内を結んでいた国鉄/JR北海道天北線は、1922年に宗谷本線の一部として開通し、音威子府-南稚内が現在のルートとなった後は北見線、天北線と名前を変え、1989年に廃止となりました。

天北線 – Wikipedia

上の図の停車場マークが転々と続いているのが天北線、緑の線が現在の宗谷本線です。

旭川方面から車で稚内に向かうルートは、北海道北部の中央の山中を通り、ほぼ宗谷本線と並行して走る国道40号ルートか、どこかで日本海側へ出て国道232号を北上するルートが一般的で、オホーツク海側を廻る天北線ルートはそちらに用事がない限りまず通りません。2025年8月に運良く猿払村に行く用事があったので、これは好機とばかりに天北線ルートを通過し、廃線旅を満喫しました。

まずは猿払村内にある旧鬼志別駅を訪ねます。

鬼志別は「おにしべつ」と読みます。猿払村内には村名を冠した猿払駅もあるのですが、現在の猿払村中心部にあったのが鬼志別駅なのです。

ここは鬼志別バスターミナルとして整備されています。

鬼志別バスターミナル内には、なんと天北線展示室が!

駅名板など、貴重な資料がずらり!

小石も芦野も、猿払村にあった駅です。そしてなんと飛行場前という駅もあったそうです。かつて付近に大日本帝国陸軍の浅茅野第一飛行場があったことに由来するそうです。

味がある看板です。

駅名標アップ3連発!

制服や作業服も展示されています。

時刻表や運賃表には、さらに時代を感じますね。

鬼志別駅起点の運賃表と思われます。函館までの運賃は9,370円とのこと。本州の運賃も書いてありますね。

1日に上下合わせて13本も走っていました。「天北号」!「急行利尻」!

遅延の看板ももちろん手書きです。

忘れ物案内。

荷主不明の荷物ということは、郵便物や商品などでしょうか。

駅名プレートも3連発!

急行天北・・・やっぱいいなぁ・・・

バスターミナルの裏には橋がかかり、その下を鬼志別川が流れています。

欄干には、猿払村のカントリーサインにもなっているインディギルカ号遭難者慰霊碑があしらわれていました。

慰霊碑にも訪れてみました。

道の駅さるふつ公園の向かい、オホーツク海を望む海辺にある異形のオブジェ。1939年に猿払村沖で沈没したソ連船インディギルカ号の犠牲者を追悼する慰霊碑です。

猿払村沖の浅瀬で座礁したインディギルカ号の乗員を、日本の救助船や猿払村の住人が救助したという出来事が1939年にありました。これだけなら大変な美談ですが話はこれでは終わらなかったようで、インディギルカ号の乗員、犠牲者、船体に遺留物まで返還をソ連が求めなかったこと、慰霊碑の建立にも積極的ではなかったことなど、謎多き事件とされています。一説によると乗員は政治犯でインディギルカ号はその輸送船だったため、ソ連は回収に積極的に関与したがらなかったとも。

この巨大なオブジェは、今でも樺太、そしてロシアを見つめて立ち続けています。

たび旅, 鉄道

Posted by Hermitcrab