松代象山地下壕を訪問した。

たび旅

長野市松代に、第二次世界大戦末期に日本軍によって掘られた大規模な地下壕があります。碁盤の目のように掘られた地下通路は、本土決戦の最後の拠点として、大本営など政府主要機能を移転させるために建設され、終戦の日まで続けられた突貫工事によって計画のおよそ8割が完成していたとのこと。

そんな施策があったとは知らなかったのですが、地下壕は現在まで保存され一部は公開されているので、行ってみました。

松代象山地下壕は、松代城下町の南にあります。松代は真田十万石の城下町で、今年(2022年)は、真田信之が松代に入部(領主がその支配する領内にはじめて入ること)して400年の節目の年にあたります。

松代南部には象山のほか舞鶴山皆神山の3つの山があり、軍部は大本営のほか皇居や日本放送協会のラジオ放送機能も移転させる計画でした。これらを含めて松代大本営と呼び、そのうち一般公開されているのが象山地下壕です。

ちなみに象山と聞くと佐久間象山を思いうかべますが、象山という号はすぐ近くにある象山恵明禅寺から取られていて、この山号もおそらく象山という山名から取られています。当初小生は、象山という名の山があることを知らず、どうして信州人の誇りともいえる佐久間象山から象山地下壕の名前を取ったのかと訝しんだものですが、勘違いでした。

近くに無料駐車場があるので、こちらを利用させてもらいました。

駐車場から象山地下壕に向かって歩くと、山寺常山邸があります。山寺常山も佐久間象山と同じく幕末の松代藩士です。この屋敷跡には庭園や池が残され、鯉がゆっくりと泳いでいました。

ここでお手洗いを借り、象山地下壕へ向かいます。

途中には、竹山随護稲荷神社や・・・

象山恵明禅寺があります。

象山地下壕に到着しました。近くに管理事務所があるので、そこで人数などを申告してパンフレットをもらいます。

パンフレットは長野市ウェブサイトでも公開されていました。

地下壕の入り口付近には、由来を詳細に記した案内板がありました。

象山地下壕の位置関係がひと目で分かる、見事な鳥瞰図です。

ヘルメットがありますので、必ずかぶりましょう。なぜかというと、絶対に頭をぶつけるから。それくらい、危険な壕なのです・・・!

地下壕内部。部分的にこのように鉄骨で補強されています。

ところどころ明かりもついています。

大抵のところは、このように天井も剥き出しの岩石です。

ところどころ低い位置まで岩石がきているので、しょっちゅう頭をぶつけそうになります。

地下壕は縦横に掘り進められていますが、現在通行可能な箇所以外は、このように通行止めになっています。

削岩機ロッド跡。天井にロッドがささったまま残されています。

ダイナマイトを仕掛けるために岩盤に開けた穴の跡。

トロッコ枕木の跡。

非公開部分には、壁に文字などが書かれているところがあるそうです。

天井と鉄骨の間に詰められた丸太。

見学できるのはおよそ500m程度。小生にとってはここが終着地点ですが、この地下壕は延々10kmも続いているとのこと。

壕内には非常電話が設置されています。

一部、向こう側に開けた通路がありました。

この地点は岩盤が硬いことから、地下壕建設場所に選ばれたとのこと。手掘りの跡が生々しいです。

外に出てきました。こんな山の斜面に、いきなりポッカリと開けられたのですね・・・

傍らには朝鮮人犠牲者追悼平和祈念碑があります。象山地下壕の建設には、当時日本が統治していた朝鮮半島から動員された朝鮮人労働者も含まれています。

象山地下壕は戦後40年以上経った1990年より一般公開が始まりました。

松代大本営建造に関わる犠牲者数は全く明らかにされていないそうです。英語版ウィキペディアによると、1,500人の朝鮮人労働者が犠牲になったとの研究もあるとのこと。朝鮮人徴用というデリケートな問題に整理をつけなければ、この壕の公開もままならなかったことでしょう。この記念碑の建立は1995年、象山地下壕一般公開の5年後のことでした。慰安所が設けられたりと、戦時下の施策の残酷さも垣間見えます。

極秘裏に工事が始まり、終戦とともに公にされることもなく姿を消した戦争遺跡です。ぜひ訪れてはいかがでしょうか。

■おまけ

象山地下壕近くにある上信越自動車道上りの松代PAには、真田氏にちなんだこんなメニューがあります。

真田氏の家紋である六文銭をモチーフに取り入れた、真田とろろ六文そばです。

素揚げしたちくわの輪切り6個を六文銭に見立て、松代藩の時代に自家用として栽培が始まり、今日では県内各地で栽培される長芋をすりおろしたとろろご飯が付いてきます。PAのレストランのメニューにしておくにはもったいないほど、信州・松代のエッセンスが詰まった一品です。

なお真田とろろ六文そばは、2022年5月に訪れた際は上り線の松代PAにしかありませんでした。ですが下り線のPAと上り線のPAとは人道でつながっていますので、下り線PAに車を止めても歩いて食べに行けますよ!

たび旅

Posted by Hermitcrab