音楽

ラ・プティット・バンド – Wikipedia

本日、Kitara大ホールで聴いてきたのです。ラ・プティット・バンド。つまるところ古楽器アンサンブルというかヴァイオリン3人、ヴィオラ1人、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ1人、リコーダーとチェンバロが1人づつなんですね。

この中で小生的に注目すべき楽器だったのは、この団体の音楽監督であるシギスヴァルト・クイケン氏の演奏するヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ。「肩掛けチェロ」という意味のようで、胴体の長さは50センチくらいでしょうか。ひとまわり大きなヴィオラといったイメージ。しかしながら厚さが10センチくらいもあり、そして調律はチェロと同じ。つまり、キングサイズのヴィオラをギターみたく肩から提げて出てくる音はチェロの音域という、とても興味深い楽器でした。・・・氏は楽器を弾いている間終始うつむき加減だったのは、あごで楽器を押さえているからだったのかしら?楽器が首からぶら下がってるだけだからアップボウのときは楽器が上に押し上げられてしまうでしょうし。

さて、ラ・プティット・バンドの演奏、小生が古楽器によるアンサンブルになれていないせいか非常に疲れました。古楽ならではの解釈、奏法、音程感覚・・・どれも小生にはなじみのないものばかりで耳が一生懸命に聴いてしまって神経を使い果たして・・・ええい!まどろっこしい!とどのつまりは、音程が悪い!リズムも悪い!四季の冬の第2楽章、あの優雅な曲が8ビートのはじけた曲になっていたが楽曲の解釈はまあいいとしよう。なんか基本的なアンサンブルがなってないような気がした。聴いてて疲れました。家に帰って、小生の持っていた四季のCDを聴いてお耳直しをしたくらいだもの。いや、一人ひとりはすばらしいテクニックを持ったプレーヤーたちですよ、でも、なんか合ってない。ああいうのが古楽なんだ、といわれれば、ああそうかと言うしかないのだが、同じアンサンブルをモダン楽器でやったらどうなることやら、なんて考えてしまったり。

そういう演奏もあるのか、と思ったふしもないではない。彼らの古楽研究も、学問として、そして時代考証としての意義はあろう。だが、現代の奏法に耳が慣れてしまった小生、いくらオリジナルだからといって今さら古楽に立ち返る気はしないな。バロック音楽も好きよ。バッハは小生が最も敬愛する作曲家よ。だけど・・・モダン楽器、そして現代の奏法からほとばしる音色のほうが好きだもの。たとえ、バッハやヘンデルが想定していなかった音色だったとしてもさ。

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楽譜と著作権:売れている楽譜はすべて著作権切れ
International Music Score Library Project – Wikipedia

テキストデータを視覚化できるエディタというかアプリケーションは数知れずある。これがあるから、例えば青空文庫などはとにかく汎用性があるわけ。エディタが充実してるから、内容をコピーペーストしたり、改変したり、レイアウトを自分好みに変更して印刷したりと、いろいろできる。

楽譜はどうだろう。とにかくデータ化が難しい。単に楽譜をスキャンしたものではそれ以上の何ものにもならない。FinaleやSibeliusなどのWYSIWYGな楽譜組版ソフトのデータでなきゃ、なんにもならん。しかしそれこそ、出版社の財産だ。ソフトのソースコードと同じですな。

著作権の切れた著作を元に作った二次創作物、みたいなものだろうか。これには、著作隣接権や版面権などを主張されても文句はいえない。ただ、元となる著作の性格上、出版社が自社の出版物であることを強硬に主張するのはいかがなものか。

ただ、出版社が出版してこそわれわれは楽譜を手に入れられるわけで。出版物ってのは、昔ながらの紙のものがもちろんいちばん使いやすいが、今後はデジタルデータ化は進んでいくのだろう。100ページにも及ぶパート譜をデジタル化(といっても単にスキャンしただけだろうが)し、専用ディスプレイに映してそれを見ながら演奏する、ということもオペラなど一部ではあるという話も聞いたことがある。

NEUE MOZART-AUSGABE ONLINEなんかもそのうち弾圧されるのだろうか。まあ、画像としてスキャンしたページをPDF化してるだけだからまだいいのだろうが、いわゆるベクトルデータっていうの?例えばSibeliusなどで作ったデータをPDF化したものが一般的になったらすごいことになるだろうな。

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先日、はじめてオペラを見ました。北海道二期会の『フィガロの結婚』です(二期会のサイトには意味もなくサイズの大きな画像が多用されているので、ナローバンドの方はもちろん、ADSLの方も注意!)。実際には本番を見たわけではなく、ランスルー(通し稽古)を見たんですけどね。

フィガロの結婚 – Wikipedia

あらすじなんかは上記サイトを見てください。観劇してとにかく感激したのは、トータルでのクオリティの高さですね。演出家をはじめとする舞台屋さんの仕事も素晴らしいし、もちろん生演奏の音楽もいい。なにより、キャストのレベルの高い演技に圧倒されました。ソリスト級の歌唱力で歌いつつ演技も行う。ソリスト級という言葉にピントこなければこう言い換えてもいいかも。ベートーヴェンの交響曲第9番は大変有名ですがその第4楽章に4人のソリストと合唱が入ることはご存知でしょう。そのソリスト達と同等のクオリティであるということです。

小学校低学年の頃、学芸会で劇をさせられてましたが当時はつまんなかったものでした。オペラも、平たく言えば劇ですよ。つまり、声楽家としての歌唱力、俳優としての演技力の結晶でありながら、原点は小学校の劇なんです。なんということだ!

ちなみに・・・これにダンス要素を加えたものが劇団四季クラスになるんでしょうなあ。いやいやまだまだ。彼らは何ヶ月ものロングランとかやってるんだから、それこそ何ヶ月もの間自分のコンディションをベストに保つ自己管理能力も必要になってくる。すさまじい世界です。

フィガロを見てから、改めて『アマデウス』を見直してみました。アマデウスでも、『後宮からの誘拐』『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』を上演するシーンがありますが、だいたいそんな感じですね。ただ、演出家の仕事によるところも大きいとは思いますが、二期会のフィガロはもっとシンプルに、最小限のセットと照明のみで上演されたので、アマデウスのそれよりも清楚な感じがしました。

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NEUE MOZART-AUSGABE / DIGITAL MOZART EDITION

これはすごい!彼の全作品、しかもBärenreiterから出版されているNMA(新モーツァルト全集)のスコアが無料で閲覧できるのですよ。もっともデジタルデータといっても、スキャンした画像をそのままpdf化したものですけど。Bärenreiterの最近の楽譜はおそらくコンピュータで組版している(Finaleか?)ものなので、そのデータのpdfだったらよかったのに・・・って、それこそ出版社がつぶれちゃうか。パート譜も欲しい・・・って、そりゃ無理というか、お門違いだわなw

彼の作品はBreitkopfをはじめ多くの出版社から玉石混淆な楽譜が出版されていますけど、このBärenreiter版は通称“原典版”で知られ、彼の弟子や後世の校訂者によって改変されたであろう箇所を極力訂正した、彼が書いたそのままを目指した版なのです。原典版を採用することの是非はともかく、Bärenreiter版はモーツァルト研究の大きな推進力となっています。指揮者の中にも、Bärenreiter版を好んで使う人もいますし、職業オーケストラもBärenreiter版を仕入れているところは少なくありません。もっとも、従来の出版社の版を廃棄することはありませんけど。

ところで件のサイト、曲名などはドイツ語で書かれています。もっともケッヒェル番号で検索することもできますが・・・当然のことながら、個人的な利用に限って閲覧やプリントアウトが認められていますので、有料コンサートの楽譜として使ったり販売などしてはいけません。ちなみに当方、さっそくではありますが"Ein musikalischer Spaß"という曲のスコアをダウンロードしました。日本語では「音楽の冗談」と訳されている曲です。

ITmedia News:モーツァルト生誕250周年で全作品の楽譜をオンラインで公開

音楽

パユに会いました。彼のフルートは素晴らしかったです。たぶんプラチナ製でしょうね。って、楽器がすごいんじゃなくて彼の演奏技術。レーザービームのように突き抜ける力強さ、それでいて無駄な雑音を極力なくした端正な音色、そんでもって彼の堂々たる風格・・・顔もいいし♪

なにやら若い頃はつっぱっていたらしいです。昔コンクールに出場したとき、ライバルたちに威圧的な態度を取ったこともあるそうな。まあ昔は昔。終演後に彼が共演者たちにシャンパンを振舞っているのを見ると、とてつもない偉人になったものだな、と。余談だが当方もいただいた。仕事疲れか、たった一杯で酔いが回ってしまった。車出勤してなくてよかった~。

全然関係ないが面白サイトをいくつか紹介。
食中毒への道 ここを読むと、食品の賞味期限に神経質になるのが馬鹿らしく思えます。
家電Watch 時々面白グッズというか、アイデア商品が紹介されてるので見逃せないです。

きまぐれ雑記, 音楽

ようこそバイオリニスト川畠なりみちの世界へ

先日、というか3月14日、川畠成道のヴァイオリンリサイタルに行ってきました。場所は北広島市芸術文化ホール、通称花ホール。以前仕事で行ったことはあったものの、客として来るのは初めて。川畠成道氏に会うのも初めて。
1曲目はクライスラーの『前奏曲とアレグロ』。音が出た瞬間、脳内でつぶやいた言葉、「このお人は一体!?」。薬害により視力をなくした後にヴァイオリンを始めたそうだが、その苦労は私には理解しようもない。そして、楽譜を見ることができないというハンデを抱えた彼という視点で彼を見ている自分に気づく。思うことは一つ、目が見えないのにここまでやるなんて、なんて素晴らしいお方なんだろう!!
なーんて、こんなことを考えつつ彼の評価をしようなんておこがましいったらありゃしない。別に努力をしたつもりはないんだけど、途中からはひとりのヴァイオリニストとして彼を見ていた。そうしながら感じたことは、彼は誰にも似ていないってこと。もちろん、彼にも師はいるし、師から基礎的なことを学んだであろうし、師の音楽性も吸収したであろう。でも、なんというか、天真爛漫というか、やりたい放題というか、独自の音楽性を感じた。それはもしかしたら、黙示録のごとく演奏家に迫ってくる楽譜というものを見られないことで、かえって自分なりの解釈や奏法を見つける努力をしてきた結果なのかもしれない。そのことが、彼の特異性をさらに際立たせているのだろう。もちろん、いい意味で。
前半は比較的重厚な曲を2曲、後半は小品を中心に5曲、そして、小気味のよいトークを交えながらのアンコールをなんと5曲、終演後にサイン会と、サービス満点の2時間だったのでした。

昨日は確定申告の最終受付日。今年はオンラインで申告書を作成し、プリンタで出力したものを税務署へ提出しました。予想通り税務署駐車場は大混雑、駐車場に入る車の列がずらり。そうなってることは予想してたし、天気がよかったということもあり、半分雪に埋まってた自転車を発掘し、数ヶ月ぶりに自転車に乗って税務署へ。ものの数分で提出完了。係りの人に助言をもらいながら何十分もかかって申告書を作成した去年とは大違いでした。以上、まじめな日記終わり。

PC, 音楽

大げさじゃないと思うけどー。
あ、Synth1ってのは、当方も愛用しているフリーのソフトシンセ。作者は日本人だけど、世界中のクリエーター(笑)から高く評価されている。拙作にはSynth1のみを用いて作った曲もあるし、非常に気に入ってる。とりあえずバイナリのダウンロードはした。まだインストールしていない。何故かというと、弄り始めると数時間はあっという間に過ぎてしまうこと必定だから。曲を1曲完成させるまで、徹夜してでも遊びつづけること必定だから。明日にひびくので今日はガマン。

ところで、当方の環境では現在V1.05aとV1.06が共存してるのです。理由の一つは、両バージョンでプリセットの呼び出し方法が違う?ため、V1.05aで作った曲がV1.06で再現できないから。でもよく考えてみると、V1.06はV1.05aの上位互換だと考えても全く同じ音色が再現できるわけではないと思われるので、V1.07を導入しても、過去のバージョンも現状維持かなぁ。むう。ソフトシンセではバージョンによる音色の違いはあまりないかもしれないけど、ハードだとすごいんだなこれが。アナログシンセだと同じ製品でも音色が違ったりすることもあるのだなこれが。だから、ヴィンテージもの(というよりいつの機械だヨ!なにその真空管、時代錯誤だヨ!といいたくなるようなポンコツ)なんかが未だに高値で取り引きされてたりしてて、それはそのハードじゃないと出ない音色があるからなんだ。真空管やハンダ付けの状態、それらの組み合わせによって微妙な音色が出るのですよ。良い音色、悪い音色という次元の話じゃございません。人間でいえば、その人だけの声色、そういうものを、アナログシンセ、とりわけ昔の機体は持っているのでございます。

音楽

安永 徹・市野あゆみ・石坂団十郎演奏会

ホント偶然、運がいいというか、上記の演奏会のステージマネージャーをやることができました。

・・・本当は某大物?ステマネの補佐役だったのです、が、ゲネプロに立ち会い、安永さんご本人と相談しつつ椅子の位置やら立ち位置やらを打ち合わせたことから、本番でのセッティング替えも急遽任されることに。タナボタよろしく降って沸いた大役?にかなり戸惑いましたが、こんなオモシロイ事を逃す手はない! と引き受けることに。だって安永徹ですよ、安永徹。クラシックを少しでもかじったことのある日本人なら彼を知らない人はいないでしょう。もちろん私もお会いするのは初めてでした。

そして本番、kitara小ホールはお客さんが舞台のすぐそば、かなり緊張しましたがすばやく舞台転換でき、ほっとしたのもつかの間プラスαの部分が出来てないことを指摘され苦笑。休憩中の舞台転換ではほぼ完璧?(笑)トータルとしては出演者のみなさんにもそれなりにご満足いただけたようで、反省点もありますが大満足で帰宅。

とはいっても、ゲネプロ中に椅子や譜面台の位置は完璧にバミってあったし作業自体はとてつもなく簡単なのですが、自分の経験も浅い上に、彼らが気持ちよく、そして実力を十分に発揮できる環境を整えようとする気持ちばかりはやって緊張感は高まるばかり。まぁ自分一人の力で出来たわけでは全くなく、ピアノ調律師、小ホール付きの技術者たち、主催者、そして某大物?ステマネ各氏の力が合わさったものです。そういう場にいて、微力ながら力添えが出来て、そして公演が大成功に終わるという体験は何ものにも代え難い・・・? のかもしれません。うむむ!

きまぐれ雑記, 音楽

公演情報はこちら。ひょんなことからチケットを手に入れることができたのです。

で、第一印象。うわ、何この音。

正直、最初は仰天しました。ダイナミクスが小さいし音色も私の好みじゃない。しかも、フィリップ・ヘレヴェッへ氏の指揮もよくわからん。自分のことはとりあえず棚に上げておいて、本当にこれでいいの?って思っちゃいましたよ。

でも聴いているうちに少しずつ印象がかわってきたというか。最終的に感じたのは端正なサウンドだなと。その中でもところどころに面白い箇所があって、例えばスフォルツァンドの表現がよく考えられていました。ベト7の第1楽章128小節目のスフォルツァンド、彼らはこれを非常に丁寧に弾いていました。ティンパニはベト7では終始硬めのマレットを使用しておりからっとしたサウンドで、コントラバスを舞台奥に配置しているためか非常にまろやかでバランスの良い演奏でした。

で、終演後、彼らはkitaraのあの狭いラウンジにすし詰めになり祝賀会?らしきものを始めていました。

客は1000人程度かな。かなり空いていました。うむむ。

きまぐれ雑記, 音楽

物知り顔で演奏会評をするつもりはないんだけど、なかなか楽しめました。プログラムの中で私の知っている曲はプロコフィエフの古典交響曲だけでしたが、快速な第1楽章に思わずニヤリとし、第2楽章の開始音に感銘を受け、第3楽章のノリの良さに思わず身体が動き出しそうになり、爆速な第4楽章に唖然とし・・・と、とても忙しかったです。彼らは気前よくアンコールを3曲(ハンガリー民俗舞曲/バルトーク、(曲名忘れた)/武満徹、ホルベルク組曲より前奏曲/グリーグ)も聴かせてくれて、なんというか、ぶらう゛ぉ~と言いたい気分でした。
思うに、アンコールが全てを物語るんですよね。出来不出来も含めて。演奏者としても、メインプログラムが終わったあとの余力でお客さんに楽しんでもらうと考えるか、それとももう1曲やらねばならないという義務感に苛まれるかによってアンコールの出来は違ってくると思うし、それは各個人として演奏会が成功したかどうかにも影響してきますし、それはお客さんにも伝わってくるものです。そう考えるとアンコールというものは、やるかやらないかも含めて演奏会の締めであるわけです。そしてアンコールが大成功なら、それでいいんじゃないかと。そんなことを考えたりもしたものです。もちろん、メインプログラムもすばらしかったですよ。指揮者がいなくともアンサンブルはここまでできるんだ、という思いがひしひしと伝わってきた、たいへんすばらしいプログラムでした。

あんま関係ないけど。
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