これは一生の何分の一か、なんて

きまぐれ雑記

タイトルはB’z「RUN」より。

どこかで、人生終了カウントダウンタイマーのようなものを見たことがある。人生80年と仮定、80年を秒に直すと2524608000秒。そのタイマーには2524608000がセットされてて、生まれると同時にカウントダウン開始するという珍妙なタイマーである。

さて、何か嫌なことをしなければならない場合、「あ~あ、俺様は死ぬまでにあと何回これをしなければならないのだろう」と思うことはないだろうか。例えば、筆者は床屋に行くのが苦手である。理由は秘密。必要に迫られて、だいたい2ヶ月に1度床屋に行くのだが、毎回のようにそういうことを考える。2ヶ月に1度ということは年に6回。50年で300回・・・気がめいるので、死ぬまでにあと何回か、なんてことは厳密に計算しないことにする。

逆もある。車の購入や引越しなど、一生に10度も出来ない事もある。結婚とかは、多くの人は1度程度だろう。楽しいこと、ワクワクすること、一生に何度も経験できないことって大切にしたい。

1年くらいで車を買い換える知人がいる。年に2度買い換えたことも。特に不具合がなくとも、他に魅力的な車があったら買い換えるのである。普通に考えたら放蕩もいいところだろうが、一生に何度も出来ない、「新しい車との邂逅」を楽しんでいると思えば、その人なりの有意義な散財なんだろうなと思う。

そう考えてみると、やはり日々のよしなし事でも大切にしたいと思う。大袈裟に言えば、一期一会ってことなのかな。それに・・・数を重ねていくという過程もまたいいものである。その行き着く先がどうであれ、幸せを感じる瞬間が日々少しでもあればいい。今日という日に誇りを持てることはすばらしいことだと思う。

閑話休題。

すずことり*
ことり文字ふぉんとをはじめとするかわいらしいオリジナルフォントを公開され・・・てました。久々にサイトを訪れてみてびっくり。フリーソフト作者の悲哀を感じずにはいられない。

筆者は当ブログ内で、他人の文章から引用することがよくある。書き出しのインパクトを狙う目的である場合もあるし、単なる感想文であったりする場合もある。文章を読むことは好きだし、勉強になる。ただ・・・他人の言葉でしか語れない人間にはならないようにしたい。いや、まねぶ、すなわち真似ることは学ぶということの第一歩だし、真似ることで表現力はつくものである。ただし、他人の言葉を剣のごとく振り回すのはいくないよ、というか、他人の言葉をさも自論の裏づけであるかのようにもてあそぶのはいくないよ。というか、本文より引用が多いのは軽くヤバイんでない?

きまぐれ雑記

Posted by Hermitcrab