泉岳寺で赤穂浪士の最期の地を巡ってきました。
曹洞宗 江戸三ヶ寺 萬松山 泉岳寺
泉岳寺 – Wikipedia
江戸参勤の際は羽田空港から都心までモノレールで行くことが多いですが、今回はたまたま京急で新橋まで移動しました。
乗り慣れない京急ですから通過する駅名も小生の目には新鮮です。そんな中、小生の目に止まったのは「泉岳寺」駅。赤穂浪士の眠る墓のあるお寺ですね。忠臣蔵は様々なメディアによって物語化されていますが、小生にとっての忠臣蔵は、爽快な時代小説で知られる山手樹一郎氏による「元禄いろは硯」です。仇討ちそのものより、その前後の浪士たちの悲喜こもごもが情感豊かに書かれていて、一連の事件が義理と人情の狭間に苦しむ等身大の人間たちの物語であることに気付いてはっとさせられます。彼らが切腹後に埋葬されたのが主君浅野家の菩提寺であった泉岳寺。これは行かねば!と思い、勢いのままに行ってきました。
京急泉岳寺駅から泉岳寺方面に歩いていくと、こんな碑があります。
まず見えるのは中門。
そして山門。
山門は閉じられていますが、横の通用口?から中にはいれます。
巨大な山門です。
こちらが本堂。
本堂に向かって左側に、墓所への参道があります。
通路の途中には、血染めの石・梅や首洗いの井戸があります。
墓所に入りました。都心とは思えないほど、静かな場所です。
墓所には墓石が所狭しと並んでいます。大抵は小さな墓石ですが・・・
右手奥にある大石内蔵助の墓石と、左手奥の大石主税の墓石は大きく、お堂も立っていました。
義士たちしばし想いを馳せたのち、山門のそばで踏ん張っている内蔵助にあいさつをして帰りました。
元禄いろは硯はこちらに収録されています。
















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