大相撲の将来、の、ひとつのカタチ
Youtubeを何気なく見ていたら、こんな動画を見つけた。
[特效版相撲]白鵬 vs 朝青龍
内容は見てのお楽しみですが、これを見てちょっと思った。野球賭博やら八百長なんかで存続の危機を迎えている日本相撲協会。今の状況で場所を開いても、全ての勝負の行方、そして勝敗の結果に疑惑の目を向けざるを得ず、国技としての相撲は成立しないだろう。
では、「勝敗」が全てはない形態にしてはどうか?
つまり、勝負そのもの、戦いそのものを重視する形態というか。すなわち、「相撲プロレス化計画」だ。
プロレスに造詣の深い大槻ケンヂ氏によると、プロレスはズバリ「バカ」そのものだという。
勝敗の行方や華麗な技の要素もたぶんにあるがそれはさておき、カリスマがカリスマとしてリングに立ち、暴れまわり、汗や涙や鼻水や、そして時には有刺鉄線や爆薬に身を切り裂かれ流血し・・・
そしてプロレスラーたちは分かっている。観客が自分たちに何を求めているかを。だから、ロープに振られたら、返ってきて相手の技をまともに食らう。フォールしても、2カウントくらいでフォールは解ける。それは、ショーとしての「お約束」なんだけど、決して「八百長」ではない。お客さんも、その行為を「卑怯」だとは言わない。
すなわち、ショーだ。パンツ一丁の大男が全力で戦い、観客はカタルシスに酔う。ほら、見た目も相撲に近いしね。
それに、プロレスにはいわゆる「ヒール」役がいる。つまり悪役レスラーだ。頭突き、凶器攻撃、場外乱闘、そういった戦いを得意とする卑怯者だ。でもそういったキャラにもコアなファンはついていて、それなりの存在感を示しているものだ。ほーら、なんだか「プロレス化」の道筋が見えてきませんか?
土俵上では情け無用といえど、人間だもの、情も出てくる。禁じられた情というものも人間ドラマだ、人間ドラマってのは視聴率取るよ。
そういう方面で今後は生きていくのはいかがか。

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